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淡島家Awashima-family

Introduction

伊藤家の墓は、東京のホテル・オ-クラとアメリカ大使館の後ろにある小さい寺「林誓寺」である。
豪商として有名だった伊藤八兵衛の墓は、幕府に特別に許されていたという特別な傘のある墓であった。

awashima

伊藤 八兵衛Hachibee Ito 1813―1878

武蔵国川越の小ヶ谷村(現埼玉県川越市小ヶ谷)に、豪農・内田善蔵の長男として生まれた。
元治年中、水戸の天狗党が旗揚げの際、八兵衛を後楽園に呼んで小判五万両の献金を命ずると「小判五万両は難しいが、二分金なら三万両ご用立て申しましょう」と答えて即座に差し出した。
また御一新の御東幸の時にも、三井の献金三万両のところ、八兵衛は五万両を献上した。明治維新の際には七十万両を地中に埋めたと伝えられている。
長女ゆき 高梨伯爵夫人、次女兼子 外務大臣渋沢栄一夫人、三女清子 貿易商佐々木和亮夫人、四女信子 皆川伯爵夫人 参考著書
岡崎哲二 著「取引制度の経済史」
山田克郎 著「渋沢栄一」
西山 松之助 著「江戶町人の研究」
山口昌男 著「敗者の精神史」

淡島 椿岳Chingaku Awashima 1824-1890

幕末-明治時代の画家。 小林椿岳の名でも知られる。前姓は淡島。通称は城三。別号に吉梵。
明治時代の作家・画家・蒐集家の淡島寒月は椿岳の実子。
親子揃ってマルチな趣味人・独自の方向性を持った自由人として知られた。また、幕末の大富豪・伊藤八兵衛は椿岳の実兄である。
参考著書
内田魯庵 著「淡島椿岳」
山口昌男 著「敗者の精神史」

淡島 寒月Tomio "Kangethu" Awashima 1859-1926

本名: 淡島寶受郎(とみお)、は、明治時代の日本の作家、画家、古物収集家。父親は画家の淡島椿岳。
長女は教育者・政治家の木内キヤウ。
伯父は幕末の大富豪の伊藤八兵衛。
広範な知識を持った趣味人であり、元禄の作家井原西鶴を再評価し、幸田露伴や尾崎紅葉など文壇に紹介したエピソードで有名である。
収集家としても有名であり、住居の梵雲庵には3000あまりの玩具と江戸文化の貴重な資料があったが、関東大震災の際に全て焼失した。
夏目漱石の「我が輩は猫である」に水島寒月という学者が登場するが、モデルは寺田寅彦で、名前は淡島寒月から採ったといわれている。
参考著書
淡島 寒月 著「江戸か東京か」
淡島 寒月 著「江戸の玩具」
淡島 寒月 著「活動写真」
淡島 寒月 著「銀座は昔からハイカラな所」
淡島 寒月 著「寺内の奇人団」
淡島 寒月 著「諸国の玩具」
淡島 寒月 著「凧の話」
淡島 寒月 著「土俗玩具の話」
淡島 寒月 著「亡び行く江戸趣味」
淡島 寒月 著「梵雲庵漫録」
淡島 寒月 著「明治十年前後」
淡島 寒月 著「我が宗教観」

木内 キヤウKyou Kiuchi 1884―1964

教育家。東京浅草で奇人として有名な文学者淡島寒月(1859―1926)、なるとの間に生まれる。
木内辰三郎と結婚。
1931年(昭和6)から1941年まで板橋区志村第一小学校に日本初の女校長として就任。
戦前は女教員地位向上のために尽力。
第二次世界大戦後、1947年全国区参議院議員に当選した。
参考著書
木内キヤウ 著『教育一路』
木内キヤウ 著『教育一路/汎太平洋婦人会議に列して――伝記・木内キヤウ』

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