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染井村の伊藤家Ito-family Live in Somei village

Introduction

染井の地で植木屋の名を上げたのは、伊藤伊兵衛政武である。
代々伊兵衛を名乗るが、16世紀末の政武の父三之丞のころから広く名を知られるようになった。
彼はツツジ、サツキの新種開発、普及に努め『花壇地錦抄』を著した。政武は父の研究をさらに深めた『増補地錦抄』のほか『広益地錦抄』など一連の『地錦抄』ものを著した園芸学者であり実務家であった。
そんな政武を8代将軍吉宗が贔屓した。

somei-mura

伊藤伊兵衛三之丞SannoJoh "Ihee" Ito

江戸時代前期の園芸家。
江戸染井(そめい)村(東京都豊島区)で植木屋をいとなむ。
・Kinshumakura(錦繍枕) published in 1692
・Kadan-jikinsho(花壇地錦抄) published in 1695
・Kusabana-ezenshu(草花絵前集) published in 1699.

伊藤伊兵衛政武Masatake "Ihee" Ito 1676-1757

江戸時代の植木屋。
江戸の北、染井村(現,豊島区駒込)で、数代にわたって園芸をいとなむ。
一家は造園、花卉(かき)栽培についての見識技量にすぐれ,当時流行した園芸植物の種類を図説記載した多くの著作を残した。
・Zouho-jikinsho(増補地錦抄) published in 1710
・Koueki-jikinsho(広益地錦抄) published in 1719
・Jikinsho-huroku(地錦抄付録) published in 1733

伊藤重兵衛常太郎Jotarou "Juubee" Ito 1676-1757

明治時代の園芸家。
安政2年10月生まれ。
明治5年東京駒込の植木職の4代重兵衛をつぐ。
サクラソウの研究、品種改良で名だかく,「桜草銘鑑」をあらわした。
・Sakurasou-meikan (桜草銘鑑) published in 1888
・Sakurasou-meikan-juui(桜草銘鑑拾遺) published in 1899
・Sakurasou-meikan(桜草銘鑑) published in 1907

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